十三鬼穴考05

 前回、徐秋夫の十三穴歌にある舌縫を舌下中縫としたのは大成の十三鬼穴歌で「在舌下中縫, 刺出血」と書かれている事、そして千金翼方の十三鬼穴歌では「去舌頭一寸,當舌中下縫,刺貫出舌上」を受けての表現である。では、その場所は?というと舌の下側の縫い目のような場所という事になりそうだ。刺し貫いて舌の上に出すという部分から推測したものだ。
 だが、この舌縫に関しては他にも解釈が出来るため、これで確定とはいかないことを記しておく。
 他の解釈としては、舌正中溝ではないか?というものもある。舌にある縫い目のような部分という解釈で、この場合は徐秋夫の十三穴のみを見た場合だと、この解釈の方が自然になるだろう。自分がやった大成や千金翼方の十三鬼穴との比較に寄る解釈は、どちらかというと突飛なのかもしれない。成立年代が大きく異なるし、時代に寄っての解釈の違いは尊重すべきだと考えられる。
 よって、ここに訂正を入れておく。
 どちらにせよ舌に鍼を刺し、出血させる事を目的とする手技を行うことには間違いないし、現在の日本の鍼灸では実施できそうにない手技である。
 鍼灸という治療行為が救急救命にまで関与していた頃の治療の名残という見方もできるのではないか?と考える事も出来るだろう。じっさいに癲癇の発作などで失神した患者に対し鍼でその意識の回復を試みるとすれば、口を噛み締める事で舌を損傷してしまう可能性を排除するためにも口の中に何らかのアクセスを行う必要は有ったのかもしれない。実際に大成では「仍膻安針一枚, 就兩口吻, 令舌不動, 此法甚效,」という記載が有り、頬を貫く形で横に鍼を打ち、それで舌を動かないようにするのが効果的という意味に取れば、上記の状態を類推することを大きな飛躍と考えなくても良いのではないかと思う。
 
 前回の終わりに聚英における十三鬼穴の表記を抜粋したが、この抜粋で興味深いのは労宮と間使の関連である。九鍼の部分を見てほしい。聚英においては「九鍼,間使、鬼営上。」とあり、大成においては「九針勞宮為鬼窟,」「九針鬼窟, 即勞宮」とある。要するに聚英では間使であったのに大成では労宮となっているのだ。聚英の編纂から大成の編纂までおよそ100年の時間の経過が有るにせよ、大きく伝承が失われたとも考えにくい。何らかの形で十三鬼穴は伝えられていた筈で、その伝承のプロセスのなかで変化が有ったと考えるべきか、または何か大きな要因が有ったのか? 現時点ではどれも推測の域を出ない。
 だが、十三鬼穴が掲載された最初期のものとして千金翼方があり、こちらでは「第九次下針,從手膻紋三寸兩筋間針度之,名鬼路,此名間使」とされて間使を九鍼としている。また、大成では後半の解説の部分で「更加間使後谿二穴, 尤妙。」とし、更に間使と後谿を加えると効果は高まると付け加えている。どちらにせよ、間使が軽んじられたために九鍼から除外された訳ではないのだろう。
 
 では間使と労宮に関して少々考察してみたい。
 まず、取穴法からだが日本の経穴の教科書と中国の取穴ではいくつか異なる部分が有り、この間使に関してもその異なる部分に属してしまう。日本だと前腕は一尺として考えるが中国では一尺二寸として考える。故に間使の部分は多少ずれてしまう。日本式での内関との比較をすると簡単に表記できそうにも思えたが、実際に取穴してその差を見てみると一概に日本式取穴の内関と中国式取穴の間使を同等には書けない。やはり、それぞれの方式に則って取穴すべきだと自分は考える。それぞれの文化的背景に敬意を表するという意味でも、である。
 間使、労宮ともに厥陰心包経に属し、心経の代わりに使われる事が多い。心が精神活動を司る臓器とされることから心包もまた精神活動を主るとされる。この辺りの基本事項は専門のサイトや教科書に譲る。主題に戻ろう。
 この二つの経穴の問題は関連性で、この二つは相克の関係になることが解る。労宮が榮火穴で間使が経金穴、火克金の関係がある。だが、この関連性は十三鬼穴の取穴としてはあまり関係ないように思われる。その理由としてまず、十三鬼穴が考察された年代では、病状に対しての配穴であって臓腑弁証といった理論を背景に持たないゆえに、五兪穴の五行的な効能を考慮していると思えないというのが一つ。それは他の十三鬼穴にも言える。それに心包経では既に大陵が配穴されていて、こちらは原穴という使い勝手の良いものであることから、いわゆる配穴理論で考えたときに更に配穴を重ねるなら、例えば実証であれば曲沢を加えた方が自然であろうし、虚証であれば背部兪穴の心兪を加えた方が自然だと思う。
 そういう一連をふまえた上でなお、労宮と間使を関連づけて考えるのであれば、井穴の中衝をワンクッションいれて考えると面白いかもしれない。中衝は他の井穴と同様に啓閉開竅の配穴に用いられる。もっとも、この啓閉開竅の配穴自体が十三鬼穴からの影響を大きく受けているものだから、順序が逆というそしりを受けるかもしれない。だが、難経では井穴に心下満を主るとあり、心が塞がって満ちてしまい痞(つか)えている状態の解消に使うとある事も考慮すると、以前より井穴の精神疾患に対する治療効果は知られていたと考えても良いと判断出来よう。
 そうすると、精神疾患に対しての効力の大きい配穴というと中衝を最初に考えるのは大きく外れた事ではないと思う。だが、ここでもう一度中国と日本の取穴法の違いが浮上する。日本では中衝は手の中指の橈側爪甲部となる。爪の根元という場所が場所だけに鍼を打つのは困難だし、第一患者が痛がる。ここで扱っている疾患が精神疾患であることも忘れてはならない。患者の状態は説明して納得してもらえるような状態であるとは言い切れないのだ。更に中国での取穴では中衝は中指の先端である。こうなると指先に鍼を打つ事になり、患者の痛みは想像出来よう。
 つまり、非常に使いにくい経穴と言えなくもないのだ。
 こういう部分を考慮すると井穴に瀉法を行うことの難しさを解消する配穴を考える必要に迫られたのではないか?と自分は推測する。事実、中国での井穴の扱いに補井当補合というものがある。